研究目的
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Victor F. Hess が 1912 年に宇宙線 (宇宙から到来する放射線) を発見して以来、
世界中の多くの研究者がその起源の解明に取り組んでいます。現在までに観測
された最もエネルギーの高い宇宙線は 10 の 20 乗 (= 1 垓 (がい)) 電子ボルト
(〜 16 ジュール) を超えており、1 個の素粒子または原子核が宇宙でこれ程まで
に高いエネルギーを得るメカニズムは今だ明らかになっていません。
宇宙線の起源の解明を難しくしている理由の一つに、宇宙線の大部分が
荷電粒子 (原子核) であり宇宙空間にある磁場によって方向を曲げられて
しまうということがあります。従って、宇宙線がやってきた方向を調べても、
その先に起源の天体があるとは限りません。この困難を解消する方法の一つに、
中性粒子のガンマ線を観測するという方法があります。これは、
超高エネルギーガンマ線天文学の目的の一つです。
地球で観測される宇宙線フラックス (単位面積当たり、単位立体角当たりの
到来頻度) のエネルギースペクトルは、
ほぼ 10 桁のエネルギー範囲に渡り冪 (べき) 関数の形をしています。
このエネルギースペクトルには 10 の 15 乗 (= 1000 兆) 電子ボルト付近と
10 の 18 乗 (= 100 京) 電子ボルト付近に折れ曲がりがあり、人の足を曲げた
形とよく似ていることから、これらはそれぞれ "knee" (ひざ)、"ankle"
(くるぶし) と呼ばれています。
宇宙線フラックスのエネルギースペクトル
(Credit: M. S. Longair, High energy astrophysics)
knee、ankle におけるエネルギースペクトルの変化は宇宙線の加速メカニズムや
宇宙空間における伝播の仕方等の変化によるものではないかと考えられ、
エネルギースペクトルを正確に測定することによって宇宙線の起源に関する
情報を得られる可能性があります。また、宇宙線の大部分は電離した原子核
であることが知られていますが、その化学組成 (原子核の種類) が knee や
ankle の周囲でどのように変化しているかを調べることによって、宇宙線の起源
である天体の環境を推測することが出来ます。
近年、アメリカの
Whipple グループや
日本とオーストラリアの
CANGAROO グループ
等の活躍により、超新星残骸
(かに星雲、SN 1006 等)
や活動銀河核 (Mrk (マルカリアン) 421、
Mrk 501 等) から 10 の 13 乗 (= 10 兆) 電子ボルトに及ぶガンマ線が
放射されていることが明らかになりました。このようなガンマ線を放射する
ためには、天体のどこかで 10 の 14 乗 (= 100 兆) 電子ボルトを超える
電子や陽子が作られている必要があります。つまり、宇宙には地上の粒子加速器
では到達出来ない高いエネルギーの粒子を活発に生成する、言わば
「宇宙の巨大加速器」が存在しているのです。
様々な波長の光で見た「かに星雲」 (Credit: NASA/CXC/SAO)
活動銀河核の想像図 (Credit: C.M. Urry and P. Padovani)
かに星雲の中心には中性子星が、活動銀河核の中心にはブラックホールが存在する
と考えられています。中性子星やブラックホールの周囲は重力や磁場が
非常に強く、このような環境はやはり人工的に作ることが出来ません。従って、
これらの天体は我々がまだ知らない物理現象の恰好の実験場であり、多くの
天文学者、物理学者の興味を引き付けています。可視光はもちろん、電波や
X 線等様々な種類の「光」を使って、これら特異な天体の観測が行なわれて
います。その中でガンマ線は最もエネルギーの高い「光」ですから、天体の
高エネルギー現象を最も直接的に調べることが出来ます。
一方、SN 1006 はシェル型超新星残骸と呼ばれる天体の一種です。シェル型
超新星残骸は銀河系内宇宙線の起源の候補として
最も有力視されています。宇宙線原子核が星間物質に衝突すると、
原子核のエネルギーの一部がガンマ線に与えられます。従って、
宇宙線起源の近くに物質が存在すればガンマ線が放射されるはずです。
このように、超高エネルギーガンマ線天文学は宇宙線の起源の問題とも
密接に関連しています。
比較的低エネルギーの宇宙線 (〜 10 の 11 乗 (= 1000 億) 電子ボルト)
は地球に到達する前に太陽系磁気圏や地球磁気圏の影響を受けるため、
フラックスが時間変化します。この時間変化は宇宙線モジュレーションと
呼ばれています。
惑星間空間の磁場は、太陽風 (太陽から放出される
プラズマ流) によって運ばれる磁場で構成されています。この磁場は太陽活動の
様々な周期性に応じて変化することが知られています。地球は惑星間磁場中を
自転、公転しながら進むため、宇宙線のフラックスはこれらを組合わせた様々な
周期的変化を示します。更に、惑星間磁場は太陽フレア (太陽表面で起こる爆発)
によって掻き乱されるため、宇宙線フラックスの時間変化は大変複雑なものに
なります。このため、現在でも宇宙線の伝播の理論によって理解できない問題が
残されています。
太陽フレアに伴って放出されるプラズマは地球環境に大きな影響を及ぼし、
人体や機器にとって有害なものです。プラズマは太陽フレアから少し遅れて
地球に到着するため、太陽表面の観測等からプラズマの到着を予測すること
ができます。これは「宇宙天気予報」と呼ばれ、宇宙開発において必要不可欠な
研究分野です。宇宙線モジュレーションの観測も、太陽・地球環境利用を
目的として「宇宙天気予報」と関連する研究分野になりつつあります。
超高エネルギー宇宙粒子物理学研究室 -
Ooty 空気シャワー実験
Last modified: Tue Feb 11 06:21:40 2003